古事記・現代語訳「上巻」天照大御神と須佐之男命

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天照大御神と須佐之男命

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須佐之男命の神やらひ

こうして、それぞれ命令した言葉に従って治めるようになったが、その中で須佐之男すさのおだけは、命じられた国を治めずに、長い顎鬚あごひげが胸元に届くようになってからも、長い間泣きわめいていた。

その有様は、青々とした山が枯木の山なるまで泣き枯らし、川や海の水は、すっかり泣き乾してしまうほどであった。
そのために、災害を起こす悪神の騒ぐ声は、夏のはえのように充満し、あらゆる悪霊のわざわいが一斉に発生した。

伊邪那岐いざなき須佐之男すさのおに向かって、
「なぜ、あなたは私が命じた国を治めないで、泣きわめいているのか」
と尋ねられた。
これに須佐之男すさのおは、
「私は、き母のいる堅州国かたすくにに参りたいと思うので、泣いているのです」
と言った。

これに伊邪那岐いざなきは怒って、
「それならば、あなたはこの国に住んではならない」
と言い、すぐに須佐之男すさのおを追放した。

その伊邪那岐いざなきは、近江おうみ多賀たがまつられている。

須佐之男すさのおは、
「それでは、天照大御神あまてらすおおみかみに事情を申しあげてから、根国ねのくにに参りましょう」
と言って、天に上って行った。
この時、山や川がことごとく鳴動し、国土が震動した。

天照大御神あまてらすおおみかみがその音を聞いて驚き、
「私の弟がここに上って来るわけは、きっと善良な心からではあるまい。私の国を奪おうと思って来るのに違いない」
と言って、すぐに御髮みかみを解いて角髮みずらに束ね、左右の御角髮みみずらにも御鬘みかずらにも、左右の御手にも、たくさんの勾玉まがたまを貫き通した長い玉のを巻きつけ、背には千本の矢が入るともを負い、脇腹には五百本の矢が入るうつぼを着け、肘には威勢のよい高鳴りのするともを着けて、弓を振り立てて、堅い地面をももまで没するほど踏み込み、沫雪あわゆきのように土を蹴散らして、雄々しく勇ましい態度で待ちうけた。
そして、問いかけて、
「どういうわけでここまで上って来たのか」
と須佐之男に尋ねた。

須佐之男すさのおが答えた。
「私は邪心を抱いてはいません。ただ、伊邪那岐いざなきのお言葉で、私が泣きわめくわけをお尋ねになったので、私は亡き母のいる国に行きたいと思って泣いているのです、と申しました。ところが伊邪那岐は、おまえはこの国に住んではならない、と仰せられて、私を追放しました。それで、母の国に行く事情を申しあげようと思って、参上しただけです。謀反の心など抱いてはおりません」

天照大御神と須佐之男の誓約

天照大御神あまてらすおおみかみは尋ねる。
「ならば、あなたの心が潔白で邪心が無いことは、どのようにして知るのですか」
これに対し須佐之男すさのおは、
「それぞれ誓約うけひをして子を生みましょう」
と言った。

こうして二神があま安川やすかわを中に挟んで、それぞれ誓約うけひをすることになった。

まず、天照大御神あまてらすおおみかみ須佐之男すさのおが帯びている十拳剣とつかのつるぎを受け取った。
これを三つに折り、玉のが揺れて玉が音を立てながら、あま真名井まないの水に振り濯いで、これをみに嚙んで砕き、息を吐き出すと、その霧から生まれた神が、多紀理毘売たきりびめ、またの名は沖津島比売おきつしまひめ

次に生まれた神が、市杵島比売いちきしまひめ、またの名は狭依毘売さよりびめ

次に生まれた神が、多岐都比売たきつひめ

合わせて三柱の神。

須佐之男すさのおは、天照大御神あまてらすおおみかみの左の角髪みずらに巻いていた、数多くの勾玉まがたまを貫き通していた長い玉のを受け取った。
そして、玉の緒が揺れて玉が音を立てるほど、あま真名井まないの水に振り濯いで、これを嚙みに嚙んで砕き、息を吐き出すと、その霧から生まれた神が、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみである。

また、右の角髪みずらに巻いておられる玉の緒を受け取って、これをみに嚙んで砕き、息を吐き出すと、その霧から生まれた神が、天之菩卑あめのほひである。

また御鬘みかずらに巻いておられる玉の緒を受け取って、これをみに嚙んで息を吐き出すと、その霧から生まれた神が、天津日子根あまつひこねである。

また左の御手に巻いておられる玉の緒を受け取って、みに嚙んで息を吐き出すと、その霧から生まれた神が、活津日子根いくつひこねである。

また右の御手に巻いておられる玉のを受け取って、これをみに嚙んで息を吐き出すと、その霧から生まれた神が、熊野久須毘くまのくすびである。
合わせて五柱の神である。

そこで天照大御神あまてらすおおみかみ須佐之男すさのおに言った。
「ここに生まれた五柱の男の子は、私の物である玉を物実ものざねとして生まれた神である。だから私の子と言える。一方、先に生まれた三柱の女の子は、あなたの剣を物実として生まれた神である。だからあなたの子です」

先に生まれた神の多紀理毘売たきりびめは、宗像神社むなかたじんじゃ沖津宮おきつのみや鎮座ちんざしている。

次の市杵島比売いちきしまひめは、宗像神社むなかたじんじゃ中津宮なかつのみやに鎮座している。

次の田寸津比売たきつひめ宗像神社むなかたじんじゃ辺津宮へつのみやに鎮座している。
この三柱の神は、宗像君むなかたのきみたちがあがめ祭っている三座の大神である。

一方、後で生まれた五柱の子の中で、天之菩卑あめのほひの子である建比良鳥たけひらとりは、
出雲国造いずものくにのみやつこ
武蔵国造むさしのくにのみやつこ
上菟上国造かみつうながみのくにのみやつこ
下菟上国造しもつうながみのくにのみやつこ
伊自牟国造いじむのくにのみやつこ
対馬県直つしまのあがたのあたい
遠江国造とおつうみのくにのみやつこ
これらの祖神である。

次にアマツヒコネは、
凡川内国造おおしこうちのくにのみやつこ
額田部湯坐連ぬかたべのゆえのむらじ
茨木国造いばらきのくにのみやつこ
大和田中直やまとのたなかのあたい
山城国造やましろのくにのみやつこ
馬来田国造まくたのくにのみやつこ
道尻岐閇国造みちのしりのきへのくにのみやつこ
周芳国造すおうのくにのみやつこ
大和淹知造やまとのあむちのみやつこ
髙市県主たけちのあがたぬし
蒲生稲寸がもうのいなき
三枝部造さきくさべのみやつこ
これらの祖神である。

天の岩屋戸

須佐之男すさのお天照大御神あまてらすおおみかみに言った。
「私の心が潔白で明るい証拠として、私の生んだ子はやさしい女の子でした。この結果から申せば、当然、私が誓約うけひに勝ったのです」

須佐之男すさのおは勝ちに乗じて、天照大御神の耕作する田のあぜを壊し、田に水を引く溝を埋めた。
さらに、天照大御神がが新嘗祭にいなめまつりの新穀を召し上がる神殿に、糞をひり散らしてけがした。

このような乱暴をされても、天照大御神はこれをとがめず、
「あの糞のように見えるのは、酒に酔って反吐を吐き散らしたのであろう。田のあぜを壊したり、溝を埋めたりするのは、土地をもったいないと思ってのことであろう」
と、善い方に言い直された。
しかし、なお須佐之男の乱暴な振る舞いは止むことなく、ますます激しくなった。

天照大御神あまてらすおおみかみが神聖な機屋はたやに現れ、神に奉るための神衣かむい機織女はたおりめに織らせていた時、須佐之男すさのおはその機屋はたやむねに穴をあけ、斑毛まだらけの馬の皮を逆さに剝ぎ取って、穴から落とし入れた。
その時、機織女はたおりめはこれを見て驚き、(機織り用具)で陰部を突いて死んでしまった。
これを見た天照大御神は恐れて、天の岩屋あまのいわやの戸を開いて、中にもった。
そのため、高天原たかまのはらはすっかり暗くなり、葦原中国あしはらのなかつくにも全て暗闇となった。
こうして永遠の暗闇が続いた。
あらゆる邪神の騒ぐ声は、夏のはえのように世界に満ち、あらゆるわざわいが一斉に発生した。

このような状態となったので、ありとあらゆる神々が、天の安川やすかわ河原かわらに会合して、高御産巣日たかみむすひ神の子である思金おもいかね神に、善後策を考えさせた。
そしてまず常世国とこよのくにの長鳴き鳥を集めて鳴かせた。

次に、あま安川やすかわの川上の堅い岩を取り、あま金山かなやまの鉄を採って、鍛冶師の天津麻羅あまつまらを探して、伊斯許理度売いしこりどめに命じて鏡を作らせ、玉祖命たまのおやのみことに命じて、たくさんの勾玉まがたまを貫き通した長い玉の緒を作らせた。

次に天児屋あめのこやね布刀玉ふとだまを呼んで、天香具山あまのかぐやまの雄鹿の肩骨を抜き取り、天香具山あまのかぐやま朱桜しゅざくらを取り、鹿の骨を焼いて占い、神意を待ち伺わせた。

そして、天香具山あまのかぐやまの枝葉の繁った賢木さかきを、根ごと掘り起こして来た。
上の枝には勾玉まがたまを通した長い玉の緒を懸け、
中の技には八咫鏡やたのかがみを懸け、
下の枝にはこうぞの白い布帛ふはくと、麻の青い布帛ふはくを垂れかけた。
これらの種々の品は、布刀玉ふとだまが神聖なぬさとして棒げ持った。

天児屋あめのこやねが祝詞を唱えて祝福し、天手力男あめのたぢからお岩戸いわとの側に隠れて立った。

そして、天宇受売あめのうずめは、天香具山あまのかぐやま日陰蔓ひかげのかずらたすきにかけ、真拆葛まさきのかずらを髪にまとい、天香具山の笹の葉を束ねて手に持ち、天の岩屋戸あまのいわやどの前で桶を伏せてこれを踏み鳴らし、神がかりして、胸乳をかき出だし、裳の紙を陰部まで押し下げた。
すると、高天原たかまのはらが鳴り轟くほどに、八百万の神々がどっと一斉に笑った。

そこで天照大御神あまてらすおおみかみは不思議に思われて、天の岩屋戸あまのいわやどを細めに開けて言った。
「私がここに籠もっているので、天上界は暗闇となり、葦原中国あしはらのなかつくにもすベて暗黒であるはずなのに、どうして天宇受売あめのうずめは舞楽をし、八百万の神々は皆で笑っているのだろう」

そこで天宇受売あめのうずめが、
「あなた様にも勝る貴い神がお出でになりますので、喜び笑って歌舞しております」
と申しあげた。
そう言っている間に、天児屋あめのこやね布刀玉ふとだまが、その八咫鏡やたのかがみを差し出して、天照大御神あまてらすおおみかみにお見せした。
天照大御神あまてらすおおみかみがいよいよ不思議にお思いになって、そろそろと岩屋戸いわやどから出て鏡の中を覗き込もうとする時に、戸の側に隠れ立っていた天手力男あめのたぢからおが、天照大御神の手を取って外に引き出した。

ただちに布刀玉ふとだまが、注連繩しめなわ天照大御神あまてらすおおみかみの後ろに引き渡して、
「この繩から内に戻ってお入りになることはできません」
と申しあげた。

こうして天照大御神あまてらすおおみかみがお出ましになると、高天原たかまのはら葦原中国あしはらのなかつくにも太陽が照り、明るくなった。

その後、八百万の神々一同は相談して、須佐之男すさのおにたくさんの贖罪の品物を科した。
また、髭と手足の爪とを切ってはらえをし、高天原たかまのはらから追放してしまった。

大気都比売神

追放された須佐之男すさのおは、食物を大気都比売おほげつひめ神に求めた。
そこで大気都比売おほげつひめは、鼻、口、尻から美味しい食べ物を取り出して、いろいろと調理して整えて差し上げた。
須佐之男はその様子を見て、食物をけがして差し出している思って、すぐに大宜都比売おおげつひめを殺してしまった。

殺された大宜都比売おおげつひめの身体からは、
頭にかいこが生まれ、
二つの目に稲の種が生まれ、
二つの耳に粟が生まれ、
鼻に小豆が生まれ、
陰部に麦が生まれ、
尻に大豆が生まれた。

そこで神産巣日かむむすひ御母神みおやがみは、これらを取って五穀の種とした。

八俣の大蛇

高天原たかまのはらを追われた須佐之男すさのおは、出雲国いずものくに肥河ひかわの川上の鳥髪とりかみに降り立った。
このとき、はしがその川を流れ下って来たので、須佐之男は川上に人が住んでいると考えて、尋ね探して上って行かれると、おじいさんとおばあさんと二人いて、少女を間に置いて泣いていた。

須佐之男すさのおは、
「あなた方は誰か」
と尋ねた。

するとおじいさんが、
「私は国つ神くにつかみ大山津見おおやまつみの子です。私の名は足名椎あしなづち、妻の名は手名椎てなづちといい、娘の名は櫛名田比売くしなだひめといいます」
と答えた。

須佐之男すさのおは、
「あなたはどういうわけで泣いているのか」
と尋ねた。

足名椎あしなづちは、
「私の娘はもともと八人おりましたが、あの高志こし八俣やまた大蛇おろちが毎年襲ってきて、娘を食ってしまいました。今年もその大蛇おろちがやって来る時期となったので、泣き悲しんでいます」
と答えた。
すると須佐之男すさのおは、
「その大蛇おろちはどんな形をしているのか」
とお尋ねになる。

足名椎あしなづちが答えた。
「その目は酸漿ほおずきのように真っ赤で、胴体一つに八つの頭と八つの尾があります。そして、体には日陰蔓ひかげのかずらひのきすぎの木が生えていて、その長さは八つの谷、八つの峰に渡っており、その腹を見ると、一面に血が滲んでただれています」

赤カガチというのは、今いう酸漿ほおずきのことである。

そこで須佐之男すさのおがその老人に、
「そのあなたの娘を、私の妻に下さらないか」
と言うと、足名椎あしなづちは、
「恐れ入ります。しかしお名前を存じませんので」
とお答えした。
須佐之男は答えて、
「私は天照大御神あまてらすおおみかみの弟である。そして今、高天原たかまのはらから降って来たところだ」
と言った。

そこで足名椎あしなづち手名椎てなづちは、
「それは恐れ多いことです。娘を差し上げましょう」
と言った。
須佐之男すさのおは、たちまちその少女を爪形のくしに姿を変えて、御角髪みみずらに挿し、足名椎あしなづち手名椎てなづちに命じた。
「あなた方は、いく度も繰り返しかもした濃い酒を造り、かきを作り廻らし、その垣に八つの門を作り、門ごとに八つの桟敷さじきを作ってください。その桟敷ごとに酒糟さかおけを置いて、おけにその濃い酒を満たして待ち受けなさい」
と言った。

命じられたとおりの準備をして待ち受けていると、八俣やまた大蛇おろちが、本当に老人の言葉の通り現われた。

大蛇おろち酒槽さかおけごとに自分の頭を垂れ入れて、その酒を飲んだ。
そして酒に酔って、その場に留まって寝てしまった。
須佐之男すさのおは、身につけていた十拳剣とつかのつるぎを抜いて、その大蛇おろちをズタズタに斬ったので、肥河ひのかわの水は真っ赤な血となって流れた。
そして大蛇おろちの中ほどの尾を斬った時に、剣の刃が欠けた。
不審に思って剣の先で尾を刺し割いて見てみると、素晴らしい太刀があった。
そこでこの太刀を取り出し、不思議な物だと思って、天照大御神あまてらすおおみかみにこのことを申し上げ、それを奉った。
これが草薙太刀くさなぎのたちである。

さてこうして須佐之男すさのおは、新居の宮を造るべき土地を出雲国いずものくにで探した。
そして須賀すがの地に来ると、
「私はここに来て、気分が清々しい」
と仰せられて、そこに新居の宮を造ってお住みになった。
このため、この地を今でも須賀すがと呼んでいる。

須佐之男が初めて須賀すがみやをお造りになったとき、その地から盛んに雲が立ち登ったので、御歌を詠んだ。
その御歌は、

盛んに湧き起こる雲が、八重やえかきをめぐらしてくれる。
新妻にいつまを籠もらせるために、八重垣やえがきをめぐらすことよ。
あのすばらしい八重垣よ。(一)

うたった。

そして足名椎あしなづちを呼んで、
「あなたを我が宮の首長に任じよう」
言い、また名を与えて、稲田の宮主須賀之八耳神すがのやつみみのかみと名づけた。

須佐之男命の神裔

須佐之男すさのおは、妻の櫛名田比売くしなだひめと寝所での夫婦の交わりによって神を生んだ。
八島士奴美神やしまじぬみのかみという。
また、大山津見おおやまつみの娘の神大市比売かむおおいちひめを妻として生んだ子は、
大年おおとし
次に宇迦御魂うかのみたまの二柱である。

兄の八島士奴美やしまじぬみが、大山津見おおやまつみの娘の木花知流比売このはなちるひめを妻として生んだ子は、布波能母遅久奴須奴ふはのもぢくぬすぬである。

この神が、淤迦美おかみの娘である日河比売ひかわひめを妻として生んだ子は、深淵之水夜礼花ふかふちのみずやれはなである。

この神が、天之都度閇知泥あめのつどへちねを妻として生んだ子は、淤美豆奴おみづぬである。

この神が、布怒豆怒ふのづのの娘である布帝耳ふてみみを妻として生んだ子は、天之冬衣あめのふゆきぬである。

この神が、刺国大さしくにおおの娘である刺国若比売さしくにわかひめを妻として生んだ子は、大国主神おおくにぬしのかみである。
この神のまたの名は大穴牟遅おおなむじ、またの名は葦原色許男あしはらしこお、またの名は八千矛やちほこ、またの名は宇都志国玉うつしくにたま
合わせて五つの名がある。

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